原作妄想語り -ゲンサクモウソウカタリ-

比較的真面目に考えた(6)

(6)「エロイムエッサイム問題」に挑む。(2022.09.17)

まとめとこうと思う。
※僅かながら参考文献等を引っ張ってきてはいますがほぼ9割強主観で書かれたテキストです。

【最初に】エロイムエッサイム問題とは。 ざっくり分けてふたつあります。
1)悪魔くんにおける「エロイムエッサイム」のネタ元=『黒魔術の手帖』?
2)「エロイムエッサイム〜の原典は『黒い雌鳥』」が通説になってしまったのは何故、いつ頃から?



【最初に結論。】

これ読んだ時に全ての疑問が晴れて「う、うわーっ!」って思ったんだよな…。
・森瀬繚 @Molice さんによる魔術書『赤竜』(エロイムエッサイムの出典)、『大奥義書』について(2012年6月15日)

そして、個人的に調べた結果とほぼ同じ&更に突っ込んでテキストにしてくれているブログはこちら。
・エロイムエッサイム - ねこまくら(2013年3月19日)

その中の「黒い牝鶏の秘密」という章に、「エロイムエッサイム 我は求め訴えたり」Eloim Essaim frugativi et appelaviという呪文がでてくる。「赤い竜」自体はネット上にはソースが見当たらず、英訳本がアマゾンで270ドルくらい。

ハードカバー版『赤い竜』、今買うとなんと690ドルになってます。&円安怖い。
今はAmazon.jpの方で安価なペーパーバックから選べます。なんならKindle版もある。よい時代になった…。
こちらのテキストが書かれた頃は私もネット上で見つけることが出来ず、原書該当箇所を確認出来たのは割と最近になります。海外は権利が切れた昔の洋書を合法アーカイブでバリバリ無料pdf公開してくれてて助かります。中には音声読み上げ対応だったりするんですよテクノロジー!

後、最近エロイムエッサイムに関して記事にしてるサイトの一部。他にも沢山あります。
まだ微妙に誤情報が混じりつつも、以前よりかなり詳細なテキストが増えてきています。ここ10年でネット上でも正確なソースに当たれるようになり、2019年に「四月は君の嘘」アニメ化の際に呪文が注目されたタイミングも要因かもしれません。(2021年以降は新作悪魔くんアニメ制作発表の影響もあるかなー)

・エロイムエッサイムの意味!有名アニメで使われる黒魔術を徹底解剖|子供と一緒に楽しく遊べる手作りおもちゃ♪(2021年8月29日)
※呪文が使われた作品例に「ブラック・エンジェルズ」を挙げてるの渋いな…って思いました。
・エロイムエッサイムの由来・意味 - タネタン(更新:2019年11月24日/公開:2013年06月29日)
・エロイムエッサイムの意味や由来とは?悪魔召喚のための呪文?(2019年06月25日)
・エロイムエッサイムの正しい意味や由来とは? | ズバッと解決大百科(2021年9月19日)
・エロイム エッサイム Eloim, Essaim Elo'tm, Essaim - 幻想世界神話辞典



【定説?真のネタ元はどちらだ。】

・貸本版『悪魔くん』が出たのは1963年。(東考社版)

・現在、「エロイムエッサイムのネタ元」として挙げられる事が多いのは澁澤龍彦『黒魔術の手帖』(1961年10月5日初版/1960年8月〜61年10月まで雑誌『宝石』に連載)の方で、『黒い牝鶏』「エロヒムよ、エサイムよ、わが呼び声を聞け」の記述があるため。
『赤竜(赤い竜)』の名前も数回挙げて「死者と語る術」等を取り上げている。

 

・また、しげる界隈では「悪魔くん」のアイディア元になったのはカート・セリグマン/翻訳:平田寛『世界教養全集〈20〉魔法―その歴史と正体』(1961年7月29日初版)と言われており、呪文書『黒いメンドリ』「黒色の若いメンドリの儀式」、そして呪文「エロイム、エッサイム、われは求め、訴えたり。」の記述がある。
→この本も『赤い竜』の記述引用は沢山あるが、ルキフゲ・ロフォカレ(ルキフグス)を呼び出す方法の箇所は『聖なる王』という本からの引用とある。(『大いなる教書』ではない…?)


両方、呪文と出典元が書かれているので「エロイムのネタ元」としてはどちらも正解で、強いて言うなら雑誌連載で先に世に出た『黒魔術の手帖』の方が「最初に出た出典元」と言えるかもしれません。



・なぜ『黒魔術の手帖』→『黒い雌鶏』出典説が流布、定着したのか?
…あくまで推測ですが、90年代末期頃から約10年間くらいで出版された「水木しげる作品データベース的書籍」群の中で「澁澤龍彦『黒魔術の手帖』を参考にした」…的な記述が何度かあったためではないか、と思うんですね。

一例ですが、世界文化社発行『妖怪まんだら―水木しげるの世界』(1997年8月10日)には

「第2章 水木作品詳解」水木妖怪マンガこの1本「悪魔くんの世界」/引用:P42
『悪魔くん』はカート・セリグマン『魔法―その歴史と正体』、澁澤龍彦『黒魔術の手帖』、そしてゲーテの『ファウスト』も下敷きにして、カバラ神秘思想、悪魔、東洋の神仙、エジプトのスフィンクスまで巻き込む壮大なドラマである。

と、両方を出典元として挙げられています。
※こちらの書籍2010年に最新版が発行されたらしくそちらの方での記載は未確認です。ゲゲゲの女房NHKドラマのタイミングですね。

また、YMブックス発行『水木しげる 貸本漫画のすべて』(2007年5月24日)で一口メモとして

第2部 水木しげる貸本漫画のすべて「悪魔くん1」/引用:P140
この作品は澁澤龍彦の『黒魔術の手帖』(1963年、早川書房刊)から大きな影響を受けたといわれている。

とあります。※こちらには『魔法―その歴史と正体』の記載はありません。

どちらも水木しげる研究者として一級線の方々による著書であるという事、後これは主観ですが『黒魔術の手帖』と『魔法―その歴史と正体』だと前者の方が一般知名度が高く安価な文庫版が流通した時期も長い、対して後者は絶版期間が長くどの版も高額だった、…という点で、この時期『黒魔術の手帖』が「エロイムエッサイム」のネタ元である、という説が一気に拡散されたのではないかと推測しています。まず澁澤龍彦、前世紀でジャパンサブカルオカルト界のアイドルみたいだったじゃないですか…オカルトにかぶれた中二が最初に手に取る本が『黒魔術の手帖』みたいな…~90年代なら田舎の本屋でも文庫で安価に入手出来て…。21世紀入ってインターネットで情報発信するアマチュアテキストサイトが一気に増えたのも拡散の追い風になったように思います。(個人的にネット始めた頃大変お世話になった国内外オカルト関連サイトがいくつもあります)

ここ数年で書かれたテキストでは出典元として両方紹介されているか、むしろ『魔法―その歴史と正体』のみ挙げられる事も増えてきました。2021年に入手しやすい完全版が発行された影響もあるかもしれません。実際、呪文の訳を比較すると『魔法―その歴史と正体』の方がそのまんまで誰が読んでも「あっ、こっちが『悪魔くん』の呪文…!」ってなると思うんですけども。平田寛氏によって生まれた日本語訳の呪文達、エロイム以外も知性が感じられて大変素敵ですね。



【Wikipedia「グリモワール」のページ変更履歴】

調べたいことがあるとまず最初に頼るWikipedia
「グリモワール」(魔術書)のページも2022年現在、かなり充実してきました。
「エロイムエッサイム」についても
「『大奥義書』の異本『赤竜』に加えられた、黒い雌鶏を使った召喚儀式に登場する」 と記述があります。

が。

実はこのページが出来た2003年4月当初は「エロイムエッサイム」に関して
『黒い雌鳥』が出典元である、と書かれていました。(脚注等で出典の記載すらなかった)
これが修正されたのは2010年6月16日版。7年間Wikiでは「エロイムエッサイム」は『黒い雌鳥』出典(ソース不明)、と記述され続けてきたという事実があります。

後、‎ 新紀元社発行『図解 魔導書』(2011年7月29日)の存在というか貢献した部分も小さくなかったのでは…と睨んでいます。
この『図解』シリーズ、入手しやすい価格で抑えておくべきタイトルを完全網羅!みたいな本で入門書としてとても良い本です。ただ、エロイム出典元として『大奥義書』の方を挙げて「我は求め、訴えたり」って書いちゃってるけども…※個人的に、2010年〜2012年くらいの間に、エロイムエッサイム出典元情報が正され始めた感触です。Amazonとかで洋書原書が安価で入手しやすくなった辺りが要因なのかなぁ…



【本題】赤い竜と黒い雌鶏。
・「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」 (Eloim, Essaim, frugativi et appelavi)の出典は
魔術書『赤い竜』(仏: Le Dragon Rouge、英: The Red Dragon)の「黒い雌鳥の秘密」である。

・『赤い竜』はそもそも 魔術書『大奥義書』(仏: Le Grand Grimoire、英: The Grand Grimoire)の異本である。
『赤い竜=大奥義書』は厳密には間違い。だと思います…実際に相違箇所があるので…
The Grand Grimoire(またthe Red Dragonの名で「新版」として再出版される)は最も有名な黒魔術のグリモアで、1522年に出版したと主張するが、それは起源を古く見せかける嘘で、実際には1821年にフランスで出版されている。本書の編者はラビのアントニオ ヴェニティアナと記されており、名前からしてイタリア系だが、詳しくは知られていない。 現在でも、このグリモアは赤竜の名でハイチ島のヴードゥー教やその周辺地域で広く使われている。
(参照サイト:知恵と神秘の図書館 - 大グリモア)

・『大奥義書』には「エロイムエッサイム」という呪文はあるが「我は求め訴えたり」にあたる記述はない。
「エロヒム、エサイム と3度唱え」の箇所が『赤い竜』で「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり と3度唱え」と書き換わっており、記述に若干の相違(「frugativi et appelavi」が無い)がある。

重要なのは
『黒い雌鳥』ではなく
『大奥義書』or『赤い竜』という魔術書
「黒い雌鳥の秘密」に記載された呪文が
「エロイムエッサイム」の原典にあたる、という点です。

・混乱が生じた原因として『黒い雌鶏(The Black Pullet)』(1820年)という名前の魔術書が存在する。
…『赤い竜』と1年しか世に出た時期が違わない点すら怪しく感じる…後、この本の原題名は「Pullet(若い雌鳥)」なんだけど『大奥義書』『赤い竜』は「Hen(雌鳥)」なの何か魔術的意味があるのかな?日本語訳するとどっちも「雌鳥」になっちゃうんだけど!(※この辺も混乱原因だと思うんですよ…)

・魔術書『黒い雌鶏』には「エロイムエッサイム」という呪文の記載はないが、二種類の黒い雌鶏を使う魔術が掲載されている。
実現難易度格差があるもののどちらも「卵から金&財宝を見つける事が出来る黒い雌鶏を孵す方法」である。悪魔は呼び出さない。エロイムも言わない。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
ここで改めて先の『黒魔術の手帖』『魔法―その歴史と正体』両方の 「エロイム」該当箇所を読み返してみましょう。
※『黒魔術の手帖』は1983年文庫版あとがきで「あえて手を加えなかった」とあったのでそれを信じます。桃源社1961年版は持ってないので…

 澁澤龍彦『黒魔術の手帖』(引用:河出書房新社/1983年12月3日初版)
「ヤコブスの豚」/20P
(前略)いちばん簡単な『黒い牝鶏』から次に紹介しよう。この魔法書によると、まず悪魔を呼ぼうとする者は、一度も卵を産んだことのない一羽の黒い牝鶏をもって、二つの道のぶつかる十字路に行かねばならない。この十字路で、深夜、牝鶏を二つに引き裂いて、「エロヒムよ、エサイムよ、わが呼び声をきけ」とラテン語の呪文を唱える

 上)カート・セリグマン/翻訳:平田寛『魔法―その歴史と正体』(引用:平凡社/1961年7月29日初版)
 下)Kurt Seligmann『The history of magic(呪術の歴史)』(eBooks and Texts Internet Archive:1948年版)
「悪魔」不浄な像 /247P
呪文書『黒いメンドリ』からわかるように、ときどき悪魔は、雄ウシの姿になって、旧式な刺繍のあるフロックコートやひだ飾りを身につけていることがある。

THE DEVIL - Unholy Images /232P
as we learn from the conjuring book, The Black Hen, wearing an old-fashioned embroidered frock-cort and frinlls.

「悪魔の儀式」黒い呪術 /313P
(前略)簡便さがとりえの黒色の若いメンドリの儀式がある。著書によると、呪術師は、まだ卵を生んだことのない黒いメンドリをつれて十字路のところにいき、その場所で真夜中にその鳥を半分に切り、つぎの呪文をとなえる。「エロイム、エッサイム、われは求め、訴えたり。」

DIABOLIC RITES - Black Magic /294P
There is, how-ever, the Black Pullet whose virtue is also simplicity. According to the author, the magician must carry a bluck hen that has never laid an egg, to the crossing of two roads; there, at midnight, cut the fowl in half and pronounce the words: “Eloim, Essaim, frugativi et appelavi”

…これ、どちらも誤読しやすい記述の仕方をしていると思うんですよ…
「『黒い雌鳥』という本に載ってる呪文」だと読んだ人が勘違いしても仕方が無いと思う…!というか勘違いして『黒い雌鶏(The Black Pullet)』の方をペーパーバックで買った身です。(挙手)(そしてどこにも呪文がなくて首を傾げた)

澁澤龍彦もカート・セリグマンも自著を書く際に混同していない、という前提での話ですが。 『The Black Pullet』の方と混同して書かれている可能性もゼロではないと…思うので…澁澤龍彦があたった参考文献は何だろう?『黒魔術の手帖』はコラム連載再編なので巻末に参考文献も脚注も何もないのでこれも謎なんですよね。あのすげぇプレミアついてる最初版ハードカバーのやつにはもしかしてあるんだろうか…参考文献…
※セリグマンはセリグマンで『The Black Hen』と『The Black Pullet』を書き分けていて、でも『The Black Pullet』で「エロイムエッサイム」の呪文を紹介しており…(どういう事だってばよ、の顔)


【なるほど結論!(&脱線)】
まず日本語訳された魔術書のタイトル、どれもカッコよくて好きですけどもそもそも「魔術書」ですら「魔法書」「魔導書」「奥義書」と訳にブレがある(「黒本」はダイレクトに「black books」の訳なので区別はつく)の予想外の罠になる事あると思います。 実際グリモワールの原書タイトル自体紛らわしいものも多いし、「The Black Hen」「The Black Pullet」日本語訳したら両方『黒い雌鳥』で混乱100%だし、写本を繰り返して勝手に内容が削られたり再編で増えたり、かと思ったら巻数レベルでごそっと減ったりする難儀なシロモノ(しかも原本がほとんど現存してないので、大抵は複数の写本から寄せ集める羽目になってる)なので、当時流通していた書籍の全体像がどんなものだったか、が判らないのでなんとも言えない所もあると思います。
例えば『ソロモンの大いなる鍵』『ソロモンの小さな鍵』とかさぁ…めちゃくちゃ紛らわしいじゃん…『小さな鍵』の方が有名で、『ゴエティア』とも言われてて、『レメゲトン』のうちの1冊なんですよ、とかもうよくわかんねーよ!!……ってなるじゃないですか…なりませんか…?

【2022/09/25追記脱線】

Enssibに、過去出版流通した現存確認出来るあらゆる言語の『The Red Dragon』を比較し研究しました(19世紀の出版技術研究)、とかいうピンポイントにも程がある2017年の修士論文があるんですが、日本語しか判らぬ学の無い人間には到底不可能な研究を纏めて公開してくれている事に感謝で泣きながらGoogle翻訳とDeepLに頼り切りで読むと、当時『The Grand Grimoire』が新しく出版翻訳される毎にタイトルや内容がじわじわ書き変わってその際に別のグリモワールだった『The Black Hen/The Hen with the Golden Eggs(エロイムの方)』と合本になって『The Red Dragon』になりました、人気だったんでそれがそのまま後の版でも採用されていきました、みたいな流れだったようだ、…と書かれて(※意訳&私の理解が間違っている可能性大)いて、当時は弾圧&検閲とかもあっただろうし出版行為が現代とは意味も重みも全然異なっていたであろうし仕方が無いとは言え「ま、紛らわしい事をしたらあかん〜!!」って倒れ付してしまいました。だから『The Red Dragon』のペーパーバックで巻末に『The Black Hen』が無いバージョンのやつもあるんか…辻褄は合うけども…



【新たな謎】
それで『聖なる王』の詳細が全く判らないんだけど…!??
『魔法―その歴史と正体』悪魔の儀式 - 黒い呪術の項で早々に出て来る『大魔法書』=『大奥義書』の事なのは「おお人間よ、か弱き死すべきものよ〜」から判った。…えっ別の本…?

…ぐぐっても何も判らんすぎて『魔法―その歴史と正体』の原書(『The history of magic』)該当箇所を確認しておそらく『Sanctum Regum(多分ラテン語?)』が意訳で「聖なる王」という所までは突き止めた…けど書名でぐぐってもそれらしき書籍・グリモワールがヒットしない…ここに来て何者だお前…???
※【脱線】「The history of magic」で探してるとmagic繋がりでA. E.ウェイトの『黒魔術と協定の書(The Book of Black Magic)』(1898年)が引っかかってきちゃうんですが、こちらの本はちゃんと『黒い雌鶏』と『赤い竜』の書籍名を挙げてからそれぞれの黒い雌鶏魔術の紹介をしているので混乱しない記述になってるわ。流石、ウェイトだわ…。でも『赤い竜(大奥義書)』と『黒い雌鶏』が好きすぎて『黒魔術と協定の本』以外の自著でもごっちゃに紹介しまくってるのはちょっとよくないと思うんだわ…有名人すぎて海外でもウェイトの本を底本にした新しい魔術解説書が結構生まれちゃってるけど『黒い雌鶏』関連が混線してる率高い気がするのよ…

(頭抱える)